がっちりマンデー

「今、どん底からちょっとだけ復活してます(第3弾)」【がっちりマンデー感想】(2019/03/24)

がっちりマンデー『今、どん底からちょっとだけ復活してます』を見て

早朝に起きれたら「がっちりマンデー」という番組を見ています。
日曜朝の7:30からTBS系でやっている経済系の番組です。

今週は、今、どん底からちょっとだけ復活してますの特集でした。

何回かやっているシリーズの第三弾。

どん底になった所から回復した話はなかなか聴かないですが。

V時までは行かないけどちょっとだけ復活した企業がある。
「ちょっと」にこそ儲かりのヒントがあった

ゲストは武田真治…あぁ。筋肉で若干復活しましたねぇ。
そして元めちゃイケメンバーですからねぇ。
加藤さんはなじみ深いそうで20年以上です。

「人生の半分加藤さんに会っている。」
「出会った人たちが皆良かったらここまで繋がった」

しかし加藤さんの態度を見て
「この番組では謙虚…」なんていってました。

森永卓郎曰く
「ちょっとだけは難しいが、ちょっとした発想の転換、
 見つめ直す展開があると変わる」

ひらかたパークの復活劇

大阪市枚方にあるひらかたパーク

大正元年にオープン(1912年)
木製ジェットコースター、観覧車があります。
最古参の遊園地となります。

1970年代絶頂期となり年間160万人が来ました
近くにショッピングモールやUSJが出来て90万人割り込み。
1990年代に1億円の赤字になりました。

しかし平日の昼に行ってみると結構人がいました。
アトラクションも結構賑わってます。

ひらパーを運営しているのは京阪レジャーサービス
馬淵さんが案内してくれます。
ここ5,6年で回復して、来園者は120万人突破(2017年)

どん底時代を聴いて見ると…

「関西の経済が良くなくて新しい物は作れなかった。
 客が伸び悩んだ」

ひらパーは何とか営業を続けられたが。
神戸ポートピアランド、エキスポランドなど閉園していきました

独特の作戦:ひらパー兄さん

2013年に超ひらパー兄さんが生まれます。
V6の岡田君を使ってのCMでした。園長…なのかな。

「逆にひらパー!」「園長暴走!」など。
キャッチーなフレーズで集客CM。
これも戦略。

「ツッコミ待ちというところがある。
 ツイッターとかで反応してくれるので」

岡田君が映画に出れば、それをパロディにした広告も打ちます

客も
「CMを見る用になった。広告とか。印象が強い」

客が来なければ頭を使って何とかする

「潤沢に予算があるわけじゃ無い。
 既存のアトラクションにどうやって乗って貰うかを考えて
 プロモーションしている」

ひらパーは次々と期間限定イベントを考えた

2013年目隠しライド

岡田君アイマスクをつけて乗って貰うだけ。
景色を見せないという発想。

「スリルが増す」

お金はかかってないですね。目隠しの制作費だけ。
集客も大幅アップしました。

2015年絶叫おまライド

絶叫するときに…

「ひらパー兄さんで「おま!」」と叫ぶ岡田君CMを元に。
「おま」を叫ぶだけ

作ったのは飴だけ。「おま。飴」を作った

1個5円くらい…

ロシアン観覧車

40台のうち4台の窓を塞いで外が見えないようにしました。
運悪くそれに乗ると外の景色が見えないというもの。

外が見えない観覧車に乗りたくて何度も列に並ぶ人が続出

金は掛かってないけど。
ひねりの利いた新イベントが何かしらある

関西の客がジワジワ戻りました。

お客さん
「続けてくれてるのが良い。」
「一時限りで終わるのでは無くて」

そして最近やっていたのが。

枚方万博

大阪万博に先がけて万博を開催しました。

世界の神秘ミイラ展!

行ってみると…小さなブースが。

ビーフジャーキー、干しエビ、するめ…など
世界の乾燥食品が並んでいる謎コーナー。

「これで大丈夫です」

ツッコミ待ちのキャッチコピーで知名度を上げ。
今あるアトラクションに乗りたくなる作戦を繰り広げます。

ずっと続けて…アイデア満載でガッチリ。


「既存のアトラクションでアイデアを入れるだけ」

森永さん曰く
「呆けると突っ込んでくれる文化がある」
「ひらかたパークだから許して貰える(ミイラ展)」

「関西では知られている遊園地」というのが行く動機にもなる
これはひらパーだから出来る事ですね。
ヒントにもなりゃしない気が…

レタスクラブの復活劇

レタスクラブ
1987年創刊料理メインにした主婦のための情報誌。
90年代の最盛期月に100万部売れていました。

それから20年は部数減少。
2016年12万部まで落ち込んで絶体絶命になりました。

KADOKAWAの雑誌編集部へ。
その時代を知るレタスクラブ編集部副編集長に聴いて見ると…

「取り組んでいたけど。なかなか上手く行かない状況だった」
「松田が編集長になって変わった。」

3年前に新編集長になった松田さん。
編集長になった年2017年に5万部アップしました。

新コンセプト
「考えない!悩まない!生活はもっとラクできる」

楽な方法を特集するようになりました。
それによりうまくまわる、もっと楽しように変えました。

手間をかけた拘り料理が中心だったレタスクラブ。

いくらの醤油漬けを1から作る
鶏胸肉vs鶏もも肉レシピ

などなど。

かなりレベルが必要なマニアックな料理特集を辞めて。
包丁を入れて仕上がるまで15分以内の料理特集など。
簡単な物に注目

チューブを使えば楽して時間減る。
ついで調理で時短とか。

拘りからラクするに180度転換

拘りから楽するに180度転換しました。

読者の方に片っ端からあって話を聞いて。
読者の意見を聞いた上で楽に絞ったそうです。

「読者を集めてどんな内容なら良いかリサーチしたところ
 もっと楽したいがニーズだった」

読者のリアルを知るために、ある調査もしました。

ヨネスケ調査

読者のお家に上がり込んでグイグイ話を聞くもの。

埼玉の主婦の家に行くところに付いていきました。
冷蔵庫の中をチェックします。
細かく何があるか見ていきました。
残りの味噌汁の中まで…お昼ご飯は残り物?など。

「具だくさんにしておけば良かった」と奥様。

収納施設やバスルームまで見ていきます。

ヨネスケ調査のポイントは

「読者がどう言う生活しているか編集者の思い込みもあるので
 求める情報を探しに来る」

主婦は洗濯機の横のホースの汚れに困っていることを
見つけました

企画のヒントを掴んだら会議が行われます。
写真を見ながら会議で答えを出していきます。

「確かにその企画は…」
「ホースにホコリが溜まる企画はやってない」

この会議から生まれたレタスクラブの大ヒット企画が。

毎号付録1ヶ月献立カレンダーブック

週の初めにこれとこれを購入して次はこれを買い足す…
毎日書いてあるレシピ通り調理すれば
月の終わりに食材を全部使い切って無駄が無くなる便利付録

「献立を考えることから解放されて楽になれた」

「他社からもパクられまくっている」

出版不況といわれている中
読者の声をしっかり聴いてちょっと復活していました。

「考えない悩まない」が重要でした

株式会社龍角散の復活劇

龍角散と言えば有名。
私はあののど飴が好きです。

どん底の時代があった?

会社に行ってみると、フルートを吹くオッサンが…
社長でした。

龍角散の8代目社長藤井隆太社長59歳

「プロのオーケストラと演奏することになったので…」

社長兼プロの音楽家でした。
なんだかすごい…。

龍角散のどん底とは?

「かっこ悪いから言えない。一応ある程度有名ブランドだし
 私が借金造ったわけじゃない。引き継いだら借金まみれ」

35歳の父の跡を継いで社長を継いだ頃
1990年代に借金がかさんで倒産危機だったそうです。

40億円の売り上げなのに、借金40億円

財務諸表見せられたとき
「売り上げと同じくらい借金がある。それでも社長かと怒った」
「一言で言うと、時代の波に乗り遅れた」

龍角散は200年以上前の江戸時代に、キキョウ、セネガ、
カンゾウ、キョウニンなどの漢方薬で作られた咳止め。

新商品を開発してみたけど売れず。
借金だけが増えていきました。

「市場規模の大きい、風邪薬、胃薬の分野に進出を」
という話も合ったようです。

「猛反対した。市場規模も大きい競合もいる。
 うちなんてかなわないと止めた」
「当時の役員番頭連中とは対立した」

藤井社長は決断をしました。

龍角散ブランドへの選択と集中

まずクララという薬を発売中止にした

「長年世話になったけど諦めた」
「これも猛反対。営業全員反対で。涙ぐんでるオッサンもいた」
…すごい言い方。社長若かったですからね。

当時を知る薬剤師にも話を聞きました。

「クララはメインで売れてる商品。驚いた何で無くすのか」

その後龍角散ブランドの新商品を投入

2008年顆粒の龍角散ダイレクト

そして龍角散の喉スッキリ飴

この2つが大ヒット。私も喉スッキリ飴は良く舐めます。

2014年頃に借金を完済しました。

そして喉の会社として藤井社長が拘った画期的な新商品

楽々服薬ゼリー、お薬飲めたね

ゼリーで薬を包んで飲みやすくする製品でした。

しかし。
「猛反対。だいたい反対。失敗したら買い取るからやらせて
 と、それなら他の役員はやりなさいという感じで。」

社長はいつも反対されるお方のようで。

しかし、服薬ゼリーは年間11億円を売り上げる商品に

そして成長続けて2018年200億円の売り上げに

35歳で就任した若社長が決めたことをやり抜いたからでした。
喉専門でガッチリでした。

加藤さん
「安定企業のイメージが合ったが…」

森永さん
「胃薬、風邪薬に行ってたら倒産した」

反対を押し切ってがすごかったです。

加藤さん
「役員の言うことは間違っている」※個人の感想です

そんな、ぶれない社長が来ていました。

「選択と集中の戦略は練っていた?」

「現場を徹底的に回った。世の中見て判断した。
 社員が信用できないから」
「皆がやって下手やったんだから」

など、結構過激な発言が。

でも「役員だって保守的になるから仕方ない」と。
そして「私もそうなる。65歳で引退する!」と断言。
後継者は…いるんでしょうかね。

森永卓郎のちょっとだけ復活した紹介:ソニーの一眼レフカメラ

ここのところどーんときている。
イメージセンサーをフルサイズカメラに搭載している。
大学の学生でも女子でも持ってる。
本当にインスタ栄えするには一眼が必要だそうです。


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